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2007年04月19日

草上の昼食

パリの郊外、電車で20分ほど行ったところに、
ソー公園という公園がある。
非の打ちどころのないような、シンメトリックな
フランス式庭園が大変美しい。
それに公園内には、みごとな桜の木々もあり、
春にはそれを目当てに在仏の日本人たちが
お花見に集まってくる。

今日は、仕事もなく一日ゆっくりできる
日だったので、夫とふたり、その公園に出かけた。
初めはお弁当を作って行こうかと思ったのだが、
予定変更。パリっ子たちのまねをして、
冷蔵庫の中のチーズやパテやサーモン、ジュース、
ワインなどをバックに詰めて、行く道で焼き立ての
バゲットやタルトを買って、出発!
芝生の上で持って来た食料を広げ、
各自思い思いにつまむ。
これなら準備も要らず簡単だし、
印象派の絵のように優雅なピクニックだった。

なんだか最近忙しくて心に余裕がなく、
いらいら気味だったが、夫と並んで芝生に寝そべって、
鳥の声を聞いて、光をいっぱい浴びて、
体の芯からリフレッシュできた。
明日からまた頑張ろうっと。

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posted by むむ at 06:44| Comment(2) | TrackBack(0) | おふらんすの日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

夫婦のなれそめ7

「息子が、君のメールアドレスを知りたいって
言っているから」
空港までの電車の中で、先生がさりげなく差し出した黒い手帳。
そこに、私は自分のメールアドレスを書いた。
アドレスが間違ってメールが届かない、なんてことが
絶対ないように、大きくはっきりと。

そうして、先生に、またいつかレッスンを受けるために
ポーランドへやって来ます、と約束して別れた。

その翌日、夫からのメールはすぐに来た。
メールの受信箱に夫の名前を見つけたとき、
一瞬驚いた。でも本当は、驚いたのは自分で自分を
欺くための、思わせぶりな演技で、心の底では、夫からの
メールが届くことを確信していたのだと、
知っていた。

ポーランドでの講習が楽しかったようで自分もうれしい、と
いうこと、その後間もなく私が参加することになっていた
南仏ニースでの講習の成功を祈る、ということ、
などなど、簡潔で他愛のない文の中に親しみがあふれ、
きれいな花の写真が添えられた素敵なメールだった。

私もすぐに返事を書いた。
こうして、私たちはメールや葉書を送り合うように
なっていった。

「夫婦のなれそめ8」へつづく



posted by むむ at 07:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ずっこけ家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月02日

パリの春

今日はお義姉さんと夫と3人で、朝から出かけた。
復活祭を来週にひかえた今、どの教会の前でも棕櫚の葉
が売られ、人々はそれを手にミサに参加する。
私たちも一枝手に入れて、私たちが結婚式をあげた場所
でもある、歴史あるマドレーヌ教会のミサにあずかった。

その後、あんまりいいお天気だったので、左岸の
カルチェラタンまでゆっくり歩き、ランチ。
それからカフェで食後のお茶を楽しみ、ウインドー
ショッピングなどしながら、またゆっくり歩いて
帰って来た。

待ちに待った春。これからは日もどんどん延びて、
人々は遅くまで街を行き交い、カフェのテラスはどこも
にぎわう。一歩外に出るだけで、なんとなく心がおどる
パリの春が、私は大好き。
posted by むむ at 06:41| Comment(2) | TrackBack(0) | おふらんすの日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月01日

ようこそ!

昨日の夜から義姉が遊びに来ている。
夫の故郷の街は、ポーランドの首都ワルシャワから、
車で2時間ほどのところにあるのだが、
2月から、この街の空港からパリへの格安直行便の
サービスがはじまり、夫の家族にとってはとても
喜ばしいことなのだ。
さっそくそれを利用して、義姉がやってきた。
地元の音楽院のピアノの先生で、3歳の男の子のお母さん
でもあるお義姉さんにとって、旦那さんと子供から
離れて、束の間の休暇だ。一週間弱だが、その解放感を
たっぷり味わってほしい、と思う。

残念なのはお天気。ずっと暖冬が続き、そのまま春に突入
したので、いやーな予感はしていたのだが、案の定、
3月も半ばになってから、真冬に逆戻りしたような寒さ。
おまけに雨もよく降って、なんとも気が滅入る。
posted by むむ at 07:30| Comment(1) | TrackBack(0) | ずっこけ家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月28日

夫婦のなれそめ6

6月下旬、音楽院の学年末試験も無事終わり、目下夏休みの過ごし方について考えていた。まわりの友人も、各国で行われる夏期音楽講習に参加するひと、国に一時帰国するひと、旅行するひとなどさまざまだ。私は日本へ帰るつもりはなく、せっかくヨーロッパにいるのだから、どこかの国の講習に参加したいと思ったのだが、どこのどんな講習がいいのか、さがそうにも、あまりにも数が多すぎて分からない。申し込み期限もあるし、少々焦りはじめた頃、思いがけず、ふたたび夫の父である先生から電話。先生が主催し、ポーランドでその年から新しく始まることになった夏期講習に来ないか、という。またしてもぴったりすぎるタイミングで、私はこの話に飛び上がって喜んだのである。

7月初旬、私は最低限の荷物とたくさんの楽譜を持って、ふたたびポーランドの地に降り立った。途中で先生と落ち合い、講習の開催地へ一緒に向かう。その途中のバスのなかで、なにげなく尋ねてみた。「息子さんは元気ですか?」
本当に何気なく聞いただけだったのだ。時間とともに、春の数日のできごとは、私のなかでもう、遠くなっていたから。

「そうだ、息子にメッセージ送る?」先生が携帯電話を差し出すので、私は先生の携帯電話から、夫に数行の短いメッセージを書いた。ポーランドへ着いたこと、講習が楽しみなこと。。。。そしてふと、思い出した。春に話したとき、何かの会話から誕生日の話になり、夫の誕生日は7月1日だと言っていたことを。その日はまさに、7月1日なのだった。最後に付け加えた。「今日誕生日だったよね?おめでとう。」と。

うだるような暑さの中、クーラーもない教室で何度もレッスンを受け、いいピアノを確保するために早起きしてみっちり自主練習し、こってりボリュームたっぶりのポーランド料理を楽しみ、ほかの講習生たちとおしゃべりして笑って、10日間の充実した日々は過ぎて行った。

最終日、空港へ向かう私を送ってくれるというので、先生と一緒に電車に乗る。そのとき電車のなかで先生がつぶやいた一言で、また少し、何かが変わることになる。

「夫婦のなれそめ7」へつづく

posted by むむ at 06:48| Comment(1) | TrackBack(0) | ずっこけ家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月19日

AB型Rh−

日本では、血液型によってその人の性格を大まかに
判断することは、ごく一般的であると思う。
血液型相性占いなどもあるし、「いかにもA型、几帳面だよね」
とか「AB型だから気難しい」とか、皆よく口にする。

ところが、これはどうやら日本だけらしい。
確かに、そもそもたった4つの型に、人間の性格の特徴を分類できるはずはないのかもしれないが。

夫と少し親しくなったころ、日本人として当たり前の感覚で、
「血液型は?」と聞いた。夫は首をかしげて、「確かABだったような気がするけど。。。ママに聞いてみればわかるかも」とか言って私を驚かせた。
いい大人になって、自分の血液型も知らないの?
でも、夫が例外なのではなかった。当時通っていた語学学校で、
色々な国籍のクラスメートに聞いても、知らない人がけっこういたし、夫の家族もあまり知らない。血液型なんて、日常生活のなかでは全然重要じゃないようだ。
もちろん、血液型によって性格が分けられる、なんていう考えも、
笑い飛ばされた。

血液型相性占いが大好きだった私としては、ちょっと悔しいが、
まあどうでもいいことだ。ただやはり、いざという時のことを
考えて、夫の血液型を把握しておくのは、私の義務だと思う。

ちなみに、夫の血液型はABのRh−である。




2007年03月18日

夫婦のなれそめ5

夫の用意してくれた山ほどの食料と、何よりも
そこに詰められた痛いほどの優しさとをたっぷりと味わって
いるうち、20時間のバスの長旅は終わり、私はパリへ
帰りついた。

数日のポーランド滞在の間に、急に親しく感じる
ようになった夫。だがパリへ戻り、今まで通りの厳しい
レッスンと、煩雑な日常とに追われるうち、ポーランド
での甘い記憶は私の中で少しずつ薄れていった。
でも季節は春まっさかり。風に運ばれてくる花の香りを
嗅いだりすると、ふと夫のことが思い出されて、切なく
なったりもした。
だが、携帯番号だけは聞いていたものの、特に用事
はないのに近況を伺う電話することが、自然に思われる関係
とも思えず、自分から電話してみようなどとは
思いもよらなかった。

そして季節は移り、6月の学内年度末試験にも無事合格
したころ、ふたたび夫とかかわるきっかけが、ふと訪れた
のだった。

「夫婦のなれそめ6」へ続く


posted by むむ at 06:12| Comment(3) | TrackBack(0) | ずっこけ家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月17日

夫婦のなれそめ4

こうして、楽しく3日間は過ぎて行った。
4日目には、そこからコンクールの開催地であるワルシャワの
郊外まで、一人で電車で行くことになっていた。
夫はホームまで送って来てくれ、電車が発車する直前まで
私を励ましてくれた。

開催地には夜に到着し、一晩泊まってコンクールは翌日。
そしてコンクールでは全力を出し切って、2位であった。
その日もう一晩そこに滞在し、次の日の朝早く、再び
電車で夫のいる街へ一旦戻り、その街から午後に出発する
国際長距離バスで、パリに帰ることになっていた。

たった3日の間に夫の存在が私の中でいつしか大きくなって、
コンクールの地に向かう頃には、2日後の再会を密かに
心待ちにしている自分がいた。

コンクールの翌日の朝、私は必要以上に早く起きて、
いそいそと身支度していたのだった。
数時間電車に揺られ、夫のいる街の名を告げる車内アナウンス。
ホームに降り立ち、迎えに来てくれていた夫を見つけた
瞬間の嬉しさを今も覚えている。思わず手を握りしめて
いた。考えるより先に、とっさにだった。

駅からタクシーで移動中、私は興奮して休みなくしゃべっていた。自分の演奏のこと、そこで出された食べ物のこと、友達になった他の参加者たちのこと。しゃべり続けるわたしを夫はじっと見守っていた。そのときの夫の目の優しさ、表情の温かさが今でもわすれられない。一生のうちに、ものごとを左右する瞬間が何度かあるとしたら、この時がそうだった。

そして一緒に昼食をとり、お茶を飲み、もう出発の時間
はせまっていた。バスの発着所で一緒にバスを待つ。そして出発のとき、夫は大きな紙袋を差し出した。中にはたくさんのお菓子やチョコレート、飲み物、そして夫が早起きして作ってくれたというサンドイッチ、フランス語のファッション雑誌が入っていた。長距離バスでパリまで20時間。その道中を気づかって準備してくれたのだ。

こうして私たちは別れた。再び会うことがあるのかどうかも
全く分からずに。


「夫婦のなれそめ5」へ続く



posted by むむ at 22:33| Comment(2) | TrackBack(0) | ずっこけ家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月15日

夫婦のなれそめ3

こうして、成りゆきでポーランドで再会することとなった私と夫。
コンクールまでの3日間、私の世話役を先生に仰せつかった夫は、
先生とのレッスンが終わると迎えに来てくれ、昼食に連れて行ってくれたり、
必要な日用品の買物を助けてくれたり、街を案内してくれたり、
と至れりつくせりしてくれたのである。
パリのコンクールのときに挨拶くらいはしていたから、
このときは初めから特に堅苦しさはなかったが、それだけの
ことで、別にどうということはなかったのだ。
でも、話らしい話をするのは全く初めてで、ふたりきりで食事も
したというのに、一緒にいてあんまり自然で居心地がよくて、
自分からいろんなことをしゃべったし、すごく話が弾んだことを覚えている。
運命の出会いとは、こんなふうに不意にやってくるもの
なのかもしれない。
posted by むむ at 09:30| Comment(2) | TrackBack(0) | ずっこけ家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月13日

時はめぐって

折しも、この2、3日私と夫の出会うきっかけとなった
ピアノコンクールについて書いていたが、
私の参加したときから時はめぐり、
間もなくまたここパリで、同じコンクールが開かれる。
あのときと同じように、義父は審査員として
招かれているので、今日の夜、パリへやって来た。
2週間弱、私たちの狭いアパートに滞在する。
あのコンクールがきっかけで出会った私と夫。
今では、あのときの審査員は義父となり、
私たちのアパートに迎えているのだ。
ひとの出会いというのは、なんて不思議で
予測不能なんだろう。。。。
posted by むむ at 07:45| Comment(2) | TrackBack(0) | ずっこけ家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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